【最大90%オフ】レジャーをオトクに!水族館・遊園地…チケット割引セール中!

流産や死産の話はタブーかもしれないけど、一瞬でも存在した小さな命を認めてほしいと思うこと

キャンペーン開催中!

いきなり重いタイトルですいません。

妊婦さんなどで、不安や不快に感じられる方はそっと記事を閉じていただけたらと思います。
重すぎるタイトルに加えて、勢いで告白するとわたしは自分のプロフィールを詐称していました。

「長男を出産を機に仕事を退職…」

ごめんなさい。これ正確には正しくありません。

実は、仕事を辞めたのは別の理由があったからです。

妊娠8ヶ月の妊婦検診で、お腹の赤ちゃんの心臓が動いていないとお医者さんに告げられたときから、周りのモノの見方ががらりと変わり、自分の人生さえも180度かわったのです。

結婚を機に、札幌に転勤、妊娠をして…

わたしは結婚を機に、東京の職場から札幌支社に異動させてもらいまいた。
当時の上司の計らいでした。異動させてもらい、とてもありがたかったです。

札幌支社で働きはじめてから2年ぐらいのときのこと。わたしは女の子を授かりました。

妊娠がわかっても、仕事を辞めるなんて考えは全くありませんでした。
つわりがひどかったときは早く帰らせてもらっていました。しかし、安定期に入って体調が安定してからは残業もし、休日出勤もしていました。

もともと、システムエンジニアは業界的に残業や休日出勤は当たり前のような雰囲気がその当時はあったのだと思います。

出産後も産休があけたら、すぐに職場に復帰するつもりでいました。
大学まで行って専門職で働き、自分の仕事にやりがいすら感じていました。就職した会社を出産を機に辞めるという選択肢はわたしの中にはまったくありませんでした。
働きながらも妊娠の経過は母子ともに順調で、無事に生まれてくることを疑いもしませんでした。

もうすぐ妊娠8か月に入ろうかというときに、午前中に妊婦健診に行きました。

今までも順調だったので、検診もすぐに終わるだろうと思っていました。

しかし、その日はいつもの検診とは違いました。

お腹の赤ちゃんの心拍をどうしても確認することができなかったのです。

それ以降の記憶はとぎれとぎれです。

あとからわかったのは、血液検査の結果で麻疹に感染していたという疑いがあること。
実は、少しの発熱と腕だけ発疹が出ていたのです。

お腹の赤ちゃんを外に出すために何日もかかったこと。
どのくらい入院していつ退院したのか。
家の周りをフラフラ散歩して過ごしていたこと。

思い出そうとしても、記憶が断片的であいまいになってしまう。

自分のせいだと責めて責めて泣き暮らした日々

あんなにこだわって続けていた仕事は、結局、逃げるように辞めてしまいました。

自分が思い描いていた価値観が一瞬で崩壊したのです。
逃げるように仕事を辞めて、転勤するときに計らってくれた上司や、札幌支社でよくしてくださった先輩や仲間を裏切ったようなうしろめたい気持ちを感じました。

それ以上に、わたしは自分のせいで赤ちゃんを生きて産んであげることができなかった…と自分を責めて暮らしていました。
苦しいほどのものすごい後悔。これしかありませんでした。

会社の上司や、仕事でかかわった先輩はみなわたしに謝っていましたが、わたしは一ミリたりとも人のせいや仕事のせいにはできませんでした。

モノや人のせいにできたら楽だったのかもしれません。

でも、自分の体の中で起こったことです。どう考えたって自分のせいで…という思考にたどり着きます。
もっと自分の体に向き合って大切にできたら、こんな結果にはならなかった…それしか考えられなかったのです。

周りにも迷惑をかけて嫌な気持ちにさせて申し訳なかったという気持ちもあります。

街中を歩けば、赤ちゃんを連れた家族連れや妊婦さんに出会います。その姿を見るだけで涙が出ました。

どうして、わたしには赤ちゃんがいないんだろう。

もっと周りに話せる場が必要だと思うこと

とにかく毎日自分を責めて一日一日が辛かっただけの毎日でした。
だれにも心の内をさらすことができませんでした…。

流産や死産を体験している妊婦さんは統計的にみるとたくさんいるはずです。
きっとあなたが想像するよりもずっと、体験している人は多いのです。

では、どこかでそういう話をしたり聞いたことがありますか?

ひそひそ話しではなくて、語りあったりしたことがありますか?

わたしが誰かに過去の体験を話そうとしても、聞いてはいけないようなことを聞いてしまった、というようなタブーのような雰囲気が漂います。

もちろん、その場に妊婦さんがいたら、わざわざ話しません。不安にさせてしまうのは本意ではありません。そういう場面でなくてもです。

同情してほしいわけでははくて、本当はもう一人いたんだよ、というレベルで話を聞いてほしいときもあるんです。

しかし、過去の経験の話をしようとすると、それ以上は聞いてはいけないと異様な雰囲気が一瞬で漂います。

わたしもそれ以上は話せなくなります。

ただ聞いてもらいたい、それすらかなわないような風習には今の日本にはあるのです。
悲しく辛い経験は自分の心の中にそっと沈めておくことしかできないのです。

流産や死産を経験した人は自分を責めている人が多いと思います。
わたしもやはりそうですし、今でもそう思っています。

あの時にこうしていれば…、その想いは払拭することはできません。

自分の体の中で起きたことなので、自分を責めるのはしょうがないと思います。

その後、長男を授かり無事に出産することができしたが、生まれたての自分の赤ちゃんをみてもなお、生きて産んであげられなかった赤ちゃんのことがまず先に浮かびました。

自分がちゃんと体調管理できていたなら、こんなにかわいい赤ちゃんを産むことができたのだ。

その思いは産後1ヶ月以上も続いていました。

生まれた自分の赤ちゃんをみても、生きて産んであげることができなかった赤ちゃんのことを考える…そう感じた私のココロはどこか病んでいたのかもしれません。
そのぐらいに、心の闇と後悔の念が深く付きまとっっているのです。

それでも、もしかしたら自分にはどうすることもできない「運命」だったのかもしれない…
と思いたいときだってあるのです。

経験した方に聞きたいです。

流産や死産の話題はつらい記憶がよみがえるからタブーですか?

きっとみんながみんなそうだとは思いません。

どんなに小さな命だって、存在していたのには変わらないから。

タブーかもしれませんが、あえて記事にしました。

同情してほしいわけではないのです。

誰かに話して、そっと寄り添って、生まれることができなかった小さな命をわかちあって欲しい瞬間だってある…

とわたしは思っています。

 

キャンペーン開催中!

アソビュー!(asoview)超特割!  ※登録無料・各チケットは売り切れ次第終了